madajimaとの会話

たまたまここを訪れてくれた方を一笑い吹かせるために、赤の他人との「どうでもいい会話」や自分の「どうでもいい思考」を載せています。

madajimaの海外 英語編

僕の直近の海外出張と旅行について書く前に、まずは、僕が英語と共に歩んできた道のりについて書こうと思います。

全ての海外経験のバックグラウンド的なやつですね。

 

僕は、ご存知のように、新潟の田舎で生まれ育ちました。

外国人が全然いないような環境です。

英語の授業中も、「世界中の人が日本語喋れば良いんじゃね?」とか言っているような奴らに囲まれていました。

でも、僕は海外に興味を持っていました。

ヨーロッパのサッカーが好きだったのが大きいでしょう。

マイケル・オーウェン、かっこいいなあ」

「あの選手みたいになりたいなあ」

「まあ、自分はプロサッカー選手にはなれないだろうけど、いつか会って、話してはみたい」

「でも、たぶん、周りの友達が望んでいるように、オーウェンが日本語を話すことはなさそうだ」

僕がそんなことを考えていると、母親が笑顔で耳元に囁きました。

「じゃあ、英語勉強したら?」

そういう訳で、僕は近所の公文式で英語を学び始めました。

 

公文に行ったことある人は知っているでしょうが、ここでは先生から授業を受けるのではなく、どんどん自分で教材を解いていくシステムです。

教材に載っている文章を読んで学び、問題を解き、先生とは答え合わせをするだけです。

周りにペースを合わせる必要が無いので、やる気が無いときは教材を進めなくて良いし、勉強したい気分の時はいくらでも進めてオッケーです。

教材の進め具合がどうであろうと、月額料金は変わりません。

そこで、暇だった僕はどんどん解き進み、また、「マイケル・オーウェンと話したい」というやる気も手伝い、小学校6年までに高校レベルくらいの文法や語彙力を持っていました。

 

そのまま順調に大学へ進むと、だんだんと「英語を使って仕事をしたい」と思うようになりました。

まあ、ぶっちゃけ、マイケル・オーウェンのことは忘れていきましたね。

オーウェンよりも、ピーター・クラウチとかの方が好きになっていました。

が、大学には、英語を使うような環境はありませんでした。

ゼミで、英語のテキストを読み進めるみたいなものがあって、楽しそうだな、と思いましたが、「できるだけ楽に単位を取って、安定した仕事に就いて楽に人生過ごせるようにしたいわ」という考えの人たちが、予習等を全然やってこないがために、授業がペースダウンをせざるをえなくなって、かったるかったです。

そういう風に、周りにペースを合わせて勉強を進めなくてはならないのが、公文式とは真逆で、かなり苦痛でした。

と、いうことで、僕は大学を辞めて、フリーターとして英語の勉強をするようにしました。

「英語の仕事と言ったら、翻訳でしょ!」

「大学で安定を目指すよりも、大学を辞めて自分にプレッシャーをかけた環境で必死に勉強するわ!」

「一人でどんどん学んでいくわ!」

「翻訳家に、俺はなる!」

大学を辞める際、両親にそう話すと、父親は、「海外に住まなければ、難しいんじゃないか?」「っていうか、大学行きながら翻訳の勉強すればいいじゃん」「中退を一生背負うのは、キツイぞ」と、痛いところを突いてきました。

でも父親は、「まあ、20歳過ぎたら、自分で人生を決めるべきだからな」と言ってくれました。「その代わり、自分でちゃんと責任取りなさいよ」

そういう訳で、英語の勉強をするためのフリーター生活が始まりました。

朝8時から16時まで勉強。

17時から23時まで、近所の「ほっともっと」で弁当作りのアルバイト。

英語の勉強、と言っても、ヨーロッパサッカーの英語のネット記事を日本語に翻訳する、というシンプルなものでした。

ですが、実際にこれは楽しく、かなり効果的でした。

一つ一つ分からない単語やフレーズを調べて、それを訳すことで、着実に「本物の英語」を積み重ねていきました。

分からなくなったら、自分からどんどん調べて覚えていく。

自分のペースで自分の学びたいことをどんどん学ぶ姿勢は、まさに公文式に似ていました。

それを半年ほど続けて、TOEICの点数が800点を越えたので、「そろそろフリーター辞めて、翻訳の仕事をするか」と思い始めました。

けれども、ありとあらゆる仕事が、「◯年の翻訳経験」を条件にしていました。

どこも、「未経験者歓迎!」なんて書いていませんでした。

ああ、まずい。

どうしたものか。

このままじゃ、僕はずっとフリーターだ。

大学を辞めて翻訳家なんて、やっぱり難しかったのか。

父の言う通り、大学というセーフティネットの中で勉強するべきだったのか。

そんな風に落ち込む僕に、とある求人が目に入りました。

「翻訳テスター募集!」「経験経歴不問!」「英語ができる方歓迎!」「国際的な環境!」

ほ、翻訳じゃなくて、て、テスター?

ま、まあ、翻訳じゃないけど、一応これをすれば、「経験」に数えられるかな。

ここで頑張って、翻訳に繋げられるようにしようかな。

それに、国際的環境?

よく考えたら、俺、英語を読めて聞けるけど、喋ったことがないな。

翻訳には関係ないけど、一応、喋れるようになっておいた方がいいな。

「国際的環境」なら、ぶっちゃけ海外に住んでいるようなもんだろ。

俺に必要な経験が積めるだろ。

よし。

これだ。

これしかない。

まさに、これは、今の僕のための仕事だ。

迷わず応募をすると、電話がかかってきて、面接になりました。

面接の相手は、プロジェクトマネージャーのマーティンという外国人と、日本語のできる韓国人女性でした。

思ったことを全然英語で伝えられませんでしたが、熱意は伝わったようで、この会社で働くことになりました。

僕の仕事は、「ゲームをプレーしながら、英語から日本語に翻訳されたテキストを確認し、それがゲームの文脈に合っているかを確認する」というものでした。

例えば、英語で「Go‼︎」になっているものが、「行け!」と訳されるか、「次へ進む」と訳されるか、はたまた英語のまま残されるのかは、それがキャラクターが喋っている文章なのか、あるいはボタン上のテキストかで変わってきます。

それをチェックしていく仕事です。

もし文脈に沿っていない不自然なテキストがあったら、レポートを書いて翻訳者に報告する、という仕事でした。

仕事として長時間ゲームをするのは大変でしたが、翻訳の世界に入れたこと、あとは英語を仕事で使う環境にいれたことに、充実感を得ました。

 

そんな仕事をしながら、1ヶ月ほど経つと、マーティンが僕の肩を叩き、会議室に呼びました。

すると、こう言われました。

「今のプロジェクト、延期になったから、明日から来なくて大丈夫です」

ええええ!

どういうこと?

順調だと思ったのに?

ここで経験を積むつもりだったのに?

ここに決まったから、弁当作りも辞めたのに?

「面接で説明したけど、madajimaはフリーランサーとして入ったから、会社に属している訳じゃないんだよね」

ああ。

そういうことか。

俺は元々社員じゃなかったんだ。

クビですらない。

翻訳チェックをする時だけ会社に来て、翻訳チェックをした時間だけ給料を、いや、報酬をもらう。

そういう立場だったんだ。

「まあ、でも、延期は2週間くらいかな。また連絡するので」

ああ、2週間か。

それじゃあ、待つかな。

 

それから、2週間が経ちました。

3週間が経ちました。

4週間が経ちました。

電話は鳴りません。

その間、いつものように、サッカー記事を日本語に訳していましたが、それによってお金は一切入ってきません。

2週間だけだと思っていたので、アルバイトも探しませんでした。

僕は、焦り始めました。

ちょうど、大学を辞めてからちょうど1年が経とうとしていました。

あれから、僕は前に進んだのだろうか。

大学に入っていた頃、収入ゼロ。

今、収入ゼロ。

英語は、少しは良くなった。

でも、それが収入に繋がっていない。

ま、まずいぞ。

これじゃ、大学を辞めた意味がない。

僕はメールを打ち始めました。

 

ミスター・マーティン

2月21日までフリーランサーとして働いていた、madajimaです。

2週間後くらいに電話をするかもしれない、と言われていましたが、まだ電話をされていません。

おそらく、私にプロジェクトが無いのでしょう。それは大丈夫です。

できれば、あなたの会社で働きたいので、私はできるだけ待ちたいですが、経済的にかなり難しくなっています。

電話をしてくれるのはいつ頃でしょうか。

大体でいいので、わかる範囲で教えてください。

 

今、久々にメールを読み返したのですが、見るのも恥ずかしい拙い英語でした。

なので、ここでは、それが伝わるように、あえて直訳で載せてみました。

ただ、よく考えたら、その拙さが逆に、「この会社で経験を働かせてください!」という僕の必死さを伝えるのに手伝ったかもしれません。

 

madajimaさん

電話を差し上げられずに、申し訳ありません。

3月にいくつかプロジェクトが来る予定でしたが、それも延期になっていました。

ただ、今後、madajimaさんに割り当てられるプロジェクトが来る予定です。

来週ごろ、また電話を差し上げられたらと思います。

ところで、今週の土曜日に花見パーティをやるのですが、是非来ませんか?

 

やった!

ついにプロジェクトが入る!

そして、花見パーティにも誘われちゃった!

これはいけるぞ!

よし、花見パーティではどんどんアピールするぞ!

アピールタイムだ!

大学は辞めて正解だったんだ!

前に進んでいるんだ!

だって、マーティンと花見パーティだぞ!

 

まあ、そうは思っていても、僕はmadajimaです。

いきなり色んな人に元気よく話しかけられるような、社交的な人間ではありません。

また、「プロジェクトが延期になって会社に来なくなった人」として他の人と話すのは、中々恥ずかしいです。

ただ、花見パーティで他の人を観察していると、この会社は、静かな人が多い印象を受けました。

酒をたくさん飲んではっちゃけるような人はいませんでした。

なので、それに合わせるように、いつも通り、やんわりと、優しく、話をしました。

それが功を奏したのかはわかりませんが、次の週にマーティンから電話がかかってきました。

プロジェクトが来た、とのことです。

明日から来て欲しい、とのことです。

「マーティンとの花見パーティ」から、さらに一歩進んだ気がしました。

このプロジェクトはちゃんと続きますように、と願いながら会社に行くと、早速マーティンに会議室に呼ばれました。

すると、契約書を出されて、「今日から、フリーランサーじゃなくて契約社員ね」と言われました。

「プロジェクトの有無に関わらず、1ヶ月毎日来てください」

ええええ!

まさか、そんなの、アリ?

「あんな風に、メールを送ってくるようなやる気のある人は初めてなんだよね」

あ、そうなんですか。

「まさか、花見パーティにも来るとはね」

え、自分から誘っておいて、そんな感じなんですか。

「じゃあ、これからも頑張って」

僕は、ここで、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

感情的に高ぶって、しかもまだ拙い英語なので、うまく気持ちを伝えられませんでした。

「ありがとうございます。嬉しいです」

すると、会議室で、マーティンを目の前に、僕は泣き始めてしまいました。

言葉では言えなかったからか、パニックになったのかもしれません。

こんなに嬉しいパニックは初めてでした。

こんな、大学の中退した僕にチャンスをくれる人がいるなんて。

実績も経験もない僕に契約をくれるなんて。

良かった。生きてて良かった。

「タダでも良いので、とにかくここで働かせてください」

僕がそう言うと、マーティンは笑いました。

 

それから、2ヶ月が経ちました。

僕は毎日やる気を持って仕事をしていました。

やる気を持って、ゲームをプレーして、翻訳チェックをしていました。

そんな時、マーティンがいつものように肩を叩いて、会議室に来るように言ってきました。

僕はすぐに、「明日から来なくて良いよ」と言われた時を思い出しました。

やばい、これで終わりかもしれない。

契約がもう更新されないのかもしれない。

僕は、ドキドキしながら会議室に入りました。

「madajima、仕事はどう?」

「あ、楽しいです」

「ちなみに、海外に行ったことって、ある?」

「いや、無いです」

「じゃあ、ブカレスト、って知ってる?」

僕は、たまにヨーロッパチャンピオンズリーグに出場する、ステアウア・ブカレストを考えました。

「ああ、ルーマニアですか?」

「そう。そこでプロジェクトがあるんだけど、行ってくれる?」

「え?」

「3ヶ月間、そこにあるクライアントのオフィスで、翻訳チェックをする感じ」

「え?」

「今年だか来年、PS4が発売されるじゃん。そのテストマシーンがウチにはなくて、クライアントが持っているから、そこに行かないとゲーム内の翻訳チェックできないんだ」

「え?」

「大丈夫、飛行機代も、ホテル代も会社が出すから」

「え?」

「どう、3ヶ月、行けそう?」

僕は、英語でなんと言っていいか分かりませんでしたが、頭をひねり、「エキサイティングですね」と言いました。

すると、マーティンはニコリとしました。

「出発は1ヶ月後だから、ちゃんとパスポート取っておいて」

 

僕は、世界が変わって見えました。

前に進んでいるどころか、空を飛んでいる気がしました。

これは現実なのか、夢なのか。

ルーマニアだろうがどこだろうが、「海外の出張経験3ヶ月」は履歴書に大きく光ることになります。

また、英語の喋りを改善する絶好の機会でした。

 

でも、なぜ僕に?

ブカレストに行く前に、そろりとマーティンに聞いてみました。

マーティンによると、僕のやる気、謙虚さ、学ぶ意欲みたいなのが買われたようです。

ちなみに、僕よりもテスターの経験があって、しかも英語が出来る人は他にもいましたが、そういう人がオフィスから3ヶ月も離れると困る、という会社の状況も手伝ったようです。

要は、経験の無い僕が最適だった、ということです。

今まで、経験の少なさが障壁でしか無かったのに、今回は、経験が無いおかげでチャンスが舞い降りて来た、ということになりました。

皮肉なものです。

今まで敵だと思っていた奴が、急に仲間になったような気分です。

 

そして、ルーマニアに行ってきました。

ルーマニアでは、「オフィスで英語を喋る」「うまく喋れない」「寝る前にうまく言えなかった部分を練習する」「起きてからもう一度練習する」「オフィスで英語を喋る」という、「当たって砕けて、その粉砕した破片を分析する」という作業を繰り返しました。

この学ぶ姿勢も、公文式のおかげかもしれません。

あ、別に宣伝しているわけではないですが。

とにかく、この3ヶ月で相当英語が上達しました。

技術的な上達、というよりも、英語を喋らざるを得ない環境の中、「英語を喋るのが恥ずかしい」という感覚が無くなった、という精神的な成長が大きかったです。

「ちょっとくらい間違っても良いんだ」「何も恥ずかしがる事はないんだ」「怖がらずにしっかりと声を出せば、伝えられるんだ」という意識を持てたことが、何よりも大きな収穫でした。

 

ルーマニアから帰ってきてからは、ちょっとずつ単語を覚えて、色んな言い方を覚えるだけ、技術的な部分を伸ばすだけでした。

英語で笑わせたいときは、コメディーを見て勉強。

英語でカジュアルに話したい時は、海外のYouTuberを見て勉強。

英語で1対1で真剣に話したい時は、ポッドキャストを聞いて勉強。

英語でポジティブに話したい時は、サッカー選手の試合終了後のインタビューを読んで勉強。

そこで学んだフレーズや単語を、外国人の同僚相手に使ってみる。

そのプロセスを、失敗も含めて楽しみながら、ひたすら繰り返しました。

 

すると、翻訳がつまらなくなってきました。

翻訳をするために英語を勉強してきたのですが、翻訳とかどうでもよくなりました。

英語を読んだり書いたりするよりも、喋るの、超楽しい。

普通の日本人と全然違う生き方をしている外国人の話を聞くの、超楽しい。

よく考えたら、英語の勉強を始めた元々の理由は、「マイケル・オーウェンと話したい」ですからね。

そこがもうちょっと広がり、「外国人ともっと話したい」となっただけです。

こういう風になるのは、自然の流れだったのかもしれません。

微妙に初志貫徹ではなくて、微妙に初志貫徹な感じですね。

 

そういう訳で、もっと英語を喋って、仕事をしたくなった僕は、その翻訳テスターを辞めました。

その後紆余曲折あって、今は、より国際的な環境の会社に入って、プレゼンテーションだったり、交渉だったり、プロジェクトマネジメントだったりを英語でやる仕事をやっています。

 

こんな風に、「やると決めたことは、どんどん当たって砕けてみる」「どんどん失敗してみる、反省する」「どうしたらもっとうまくいくかを調べる、考える」そんな僕の哲学みたいなものが、この英語に現れています。

この英語こそ、僕のアイデンティティです。

 

そして、今回の旅行でも、たくさんぶつかって、たくさん失敗をしました。

その失敗の中には、言語関係の失敗もありますし、人間的な失敗もあります。

とはいえ、次に海外に行ってその失敗を活かせるのは、だいぶ先でしょう。

その時にはもう、今回の失敗は忘れているかもしれません。

失敗を忘れてしまったら、反省することができません。

と、いうわけで、ここに書き留めておこうと思います。

まずは、シドニー編です。

 

Special Thanks:

母親

父親

マーティン

中退前後の時に支えてくれた地元の友達

下手な英語を聞いてくれたルーマニアの人たち

公文式