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madajimaとの会話

たまたまここを訪れてくれた方を一笑い吹かせるために、赤の他人との「どうでもいい会話」や自分の「どうでもいい思考」を載せています。

最高の1-6の負け - アルビレックス新潟対浦和レッズ 20170514

あらかじめ断っておく。

このブログ記事を「最後まで残留を絶対に諦めない」とか、「呂比須ワグナー新監督のチームの立て直しに期待する」とか、そういう普通の新聞記事みたいな感じで締める気はないので、安心してほしい。

 

 

浦和の方が、一人一人の技術力、チームの完成度で圧倒的に勝っていた。

今日の試合も、悪い時間帯に守備で耐えることができないアルビの悪い癖が出た。

だから、1-6というスコアは、真摯に受け止めるべきだと思うし、僕自身、うまく咀嚼できている。

 

でも、それとは別に、こう、胸が、なんか良い感じに、変な感じになっている。

例えて言うと、バッドエンドともハッピーエンドともつかない映画を見たような、そんな気分だ。

なんだか煮え切らない、なんだかよくわからない、でも、なんかよかったな、みたいな感じだ。

 

もちろん、試合終了直後はイライラしていたし、誰とも話したくない気分だったし、無性にボクシング用のサンドバッグが欲しくなった。

なんでだよ、どうしてだよ、みたいな。

けれども、である。

選手がスタジアムを回っている時の、アルビサポーターの超大声援を聞いたせいかもしれない。

ゴール裏の若い女性サポーター2人が、泣きそうになりながら、倒れそうなくらい前のめりになって声を出しているのが、DAZNでアップで映っているのを見たからかもしれない。

「なんか、これ、悪くないな」と思ってきた。

胸にぐんっ、と来るものがあった。

 

開始2分に鈴木武蔵が先制点を取ったところはよかった。

ただ、カウンターに行くところをボール取られて失点、サイドを振られてマークを見失って失点、セットプレーから失点、後半開始直後に失点、みたいな、今年のいつも通りのパターンからボコボコと点を取られ、目も当てられなくなった。

実際、画面から目を離して、雑誌を読んだりしていた。ここだけの話。

 

でも、サポーターの声量はそこまで小さくならない。

良いプレーに拍手は送られる。

雑誌に目をやりながらもそういった音を聞いて、「あれ、なんだかおかしいぞ」という感じで、ちらっ、ちらっと画面を見ていた。

そして、雑誌には一切目が行かなくなった。

それも、無意識に。

 

後半の最後の15分は、なんか、どの選手がどこにいるのかわからなくなってきた。

ボールを持った途端、とにかく前に攻めようとどんどん追い越していた。

ボールを失った途端、ボールに集まれ群がれとタックルをかましていた。

失礼な話、中学校の昼休みサッカーを思い出してしまった。

ぶっちゃけスコアなんてどうでも良い。

さっさとゴールを決めたい。

後ろの守備はゴールキーパーに任せて、早くボールを取りたい。

 

そのおかげで、感情をむき出しにした、必死さがダイレクトに伝わって来るサッカーを見ることができた。

その点だと、同じ片渕暫定監督の試合でも、悲観しかできなかった去年最終節のサンフレッチェ広島戦とは全然違う。

自分の息子がサッカーをやっているのを見ているような、ちょっと下手だけど、目の離せない展開になっていった。

 

結局、僕がアルビに求めているのって、そういう試合なんだな、と気づく。

別に、ハッピーエンドを見たいからアルビの試合をいつも観ている訳ではない。

芸術的なサッカーを観たいから、でもない。

日常を忘れるような、熱い思いをしたいだけなのだ。

 

だって、「ああ、スカッとするハッピーエンド観たいなあー!」って気分の時は、映画を観たり、小説を読んだりするもの。

決して、サッカーには行かない。

それも、絶対アルビの試合には行かない。

 

まあとにかく、今日は、ここまでボコボコにしてくれた浦和レッズに感謝したい。

選手たちに自由にやらせ、「俺たちは下手なんだ、弱いんだ」と言い訳抜きでしっかりと自覚させてあげられた、片渕浩一郎暫定監督に感謝したい。

試合終了後に、泣きながら声を出していた女性サポーターに感謝をしたい。

その女性サポーターにアップをしてくれた、カメラマンにも感謝をしたい。

おかげで、良いものを見ることができました。

 

 

2000年、浦和がJ2に落ちてアルビと戦った時、6-1でアルビが勝った。

僕はその時まだ小さかったけど、新潟市陸上競技場の小さなゴール裏がぎっしりと赤く埋まっていた光景、そこから放たれたとんでもない声量のブーイングを、忘れることはないだろう。

その日、メインスタンドに座りながら、母親と一緒に怖がっていたのを、今でも思い出話としてよく語り合う。

あれで浦和サポの怖さを知ったよね、みたいな。

 

今日の1-6の負け試合は、数ヶ月後、数年後になってどういう風に思い出すんだろうか。

17年経ってからでもいいから、これを良い思い出として語れたらな、と思う。

 

今回の記事のタイトルには、そういう思いが込められている、っつーことです。