madajimaとの会話

たまたまここを訪れてくれた方を一笑い吹かせるために、赤の他人との「どうでもいい会話」や自分の「どうでもいい思考」を載せています。

仙台と自分

「仙台が好きだ」ということを僕はよく人に言いふらす。
この料理が好きだ、このスポーツが好きだ、あの女の子が好きだ、地元が好きだ、とかは恥ずかしくて言わないくせに、仙台についてだけよく言うのは、自分でも不思議だ。
高校一年のGW中に、父が日帰りで仙台に連れて行ってくれたのだが、新幹線から見た仙台の景色を見て、「あ、おれ仙台が好きなんだ」と思ったのが始まりだ。ひとめぼれ、という宮城のお米のブランドは、僕と同じ体験をした人によって名付けられたのだろう。
そのときがきっかけで僕は「仙台に住みたい」と思うようになり、必然的に東北大学を目指すようになった。
二回目に仙台を訪れたのはその大学試験で、結果的には落ちたのだが、その受験勉強の過程で多くのことを学び、多くの事を得たため、今となっては後悔は全くない。
滑り止めの関東の大学に入ってからも、仙台が舞台の小説を読んだり、仙台出身の友だちができたり、そいつと一緒にベガルタ仙台を応援したりして、仙台愛は忘れることなくむしろ深まっていった。
 
そして今、僕が仙台を恋しがっているのを感じている。
一昨年9月、会社を辞めて2週間ほど経ってから平日に仙台で一泊して、レンタカーで陸前高田、一関の方までぐるっと回り、夜はコンビニでビールを買って、一人で街中を歩きながらぐびぐび飲んでいた。
優しい笑顔で働く被災地の人たちが僕の心を掴み、ビールが僕の胃を掴んだというその仙台での2日間が、ここしばらく最も僕が幸せだった時だった、と言っても過言ではない。当時のレシートとかをまだ保管しているという気持ち悪さである。
 
それから一年が経ち、去年11月にまた会社を辞めたのだが、今回は週末を挟んですぐに新しいところで働き始めたため、仙台に旅行に行く時間がなかった。
そして今僕は、毎日スーツとネクタイを着て満員電車に乗って六本木のビル群の真ん中で働くという、緑溢れる仙台とはかけ離れた日々を過ごしている。
 
有給取りたいなー取りたいよーと嘆いている僕に、また仙台に行きたくなることが起きた。
 
仕事帰りに、エレベーターで日本人の先輩と会った。
その人とはあいさつ程度に話したことがある程度で、名前に自信はない。
彼がエレベーターに入ってすぐ目が合い「アムロおつかれ」と声をかけてもらった。昨年末の忘年会で僕が機動戦士ガンダムアムロ・レイのコスプレをしていたから、そう呼んでくれたのだ。
アムロ、帰るところでーす」と言ってみたら、「あ、声似てるね」と乗ってくれた。紳士のように背筋を伸ばし、かっこいい低い声で話す先輩はシャアに似てなくもないな、と思った。
その流れでガンダム関連の話を少ししていると、先輩がふと「アムロって、今何歳?」と聞いてきた。
僕はつい「あー、設定では実は16歳なんすよね」と答えるが、「今」が付いているとなると、このアムロはアニメのキャラではなく僕のことを指していることに気付き、すぐ「あ、24ですね」と続けて答えた。
若いねーと笑ってくれるも、少し気まずそうな下に向けた視線を見るあたり、彼も僕の名前をよく覚えていなかったのかもしれない。
それから僕の学歴や経歴を話しながらエレベーターを乗り換えると、僕は先輩に「前はどんな仕事をしていたんですか」と尋ねた。僕がよく聞く質問だ。
「オーストラリアで日系の旅行会社に勤めてましたね。日本人観光客のトラブルシューティングとかを」
僕から視線を少し逸らしながら、急に敬語で話し始める先輩はなぜかすこし照れているように見える。
「あー、じゃあオーストラリアの大学に行ってたとかですか?」
「いやいや、奥さんがあっちの、オーストラリアの人で」
「いいですねー! どうやって知り合ったんですか?」
先輩はさらに喋りづらそうな表情になった。どこから話したものか、と迷っているみたいだ。
「それは、私が仙台にいたとき」
「えー! 仙台出身なんですか!?」と僕は話をさえぎってしまう。実は僕仙台が大好きでーと話したくなるが、こらえる。
「いや、仕事で2か月いただけなんだけど」彼は依然として僕から目を逸らすように話している。
「お、じゃあナンパしたんですか?」
僕らはエレベーターを降り、ビル直通の駅の改札に向かった。んー、と質問攻めを前に先輩は一呼吸を置く。
「梅干を食べてたんだよね」
え? と僕は自分の顔面に思い切り疑問符をつけた。「どういうことですか?」
「いや、道でただ梅干を食べていたら、彼女が話しかけてきて、一緒に食べて」
「そこからご飯に行ったとかですか」はっ、と思いついた僕は「梅干ご飯とか」と言った。
僕の調子乗った発言をあはは、と笑いながら「まあ流れだよね」と先輩ははにかんだ。説明をめんどくさがっているようでもあるが、同時に懐かしんでいるようでもあった。
「どうやったらそんなスムースに流れるんですか」
「ほらさ、彼女は2か月だけ日本に来てて、その2か月目で、日本好きだけど日本語できないから友だちもいなくて、んで、俺も出張だったからずっと一人だったし」
なるほど、と僕は思う。孤独と孤独が小さな共通点や偶然をきっかけに一緒になるのは、ものすごく理の適った話だ。僕にも思い当たる節がある。
「それが今の君と同じ24の時だったなー。彼女が、自分が話した初めての外国人だったな」
「え!」と僕は驚く。先の忘年会や社内全体ミーティングで、彼が英語を普通に話しているのを見ていたからだ。その堂々とした振る舞いを見て、長い時間を海外で過ごしているのかと思っていた。
「じゃあどうやって英語を」
「ほら、彼女は日本語できないから、こっちが英語で話すしかないじゃん」
「え、でも」24歳から新しく言語を覚えるというのは、簡単ではないのでは。
「まあそれしか道がなかったからね」
僕はオーストラリア人の友だちのことを思い出した。「ずっと日本語を話してるのが疲れる」と言って、趣味や考え方がものすごく合うと感動すらしていた日本人女性と別れたのだった。そんな彼が選んだ道のような、「それ以外の道」はいくらでもあったのでは、と思ったが、なんとなく言うのを控えた。
「まあ今でもおれ、英語だいっきらいだけど」と先輩は続ける。「できるだけ使いたくないし」
「えーっ」と僕は驚く。声が大きくなり、ホームで電車を待っている人が何人か僕のほうを向いた。「英語を上達させるために今の外資系を選んだ僕とは正反対ですね」と僕は笑って言う。
アムロくんはどこか海外にいたの?」
「仕事で3か月だけいましたが、大体はインターネットとかYouTubeとかで」
少し驚いた顔をしながら、「はは。英語に真面目なんだね」と笑った。「おれはもう超不真面目だからね」
僕も一緒に笑うも、そんなことはないだろう、と心では強く思った。人一倍の努力はしたけれども、決してそれを口に出してひけらかすことはしないだけなのだ、と。
そこで、僕の方面の電車が来たため、「いろいろインスパイアされました」と僕は感謝の気持ちを告げた。「会社で一番ドメスティックな私をよろしく」と、先輩は別れ際も笑っていた。
電車に乗って、「インスパイアとはよく言ったものだな」と我ながら思った。「この道しかない」と思ったときの人間の力を再認識させられたからだ。
 
仙台に住みたかった僕は、「ここしかない」と東北大学を目指し、その受験勉強のおかげで、英語の基礎である語彙と文法をみっちり鍛えることができた。
海外留学したかったが、資金が無いため「こうするしかない」と思い、海外に行かずに英語をマスターしようと、学費に比べたらほぼ無料と言えるインターネットをとにかく駆使しようとした。
忘年会でコスプレをしなければいけなかった僕は、「これしかない」と思って1万円という大金を払ってアムロ・レイのコスチュームを買い、おかげで僕のことを知る人が会社の中で増え、仕事が楽しくなった。
振り返ってみると、「この道を歩むしかない」と考えたときほど、自分は力を出していることに気付く。
察するに、先輩は奥さんと会ったとき、何らかの理由で「この人しかいない」と思ったのだろう。もしかしたら、日本人女性と嫌な交際経験があったのかもしれない。もしかしたら、日本で働くのが嫌になっていたかもしれない。
自分もそんな、人生を変えるような女性に会えれば、と願わずにはいられない。
その出会いのチャンスが訪れてくるように、失敗を恐れずたくさん挑戦していって、常に未来を見ながら、希望を持ちながら行動して、仙台の街中でどんどん梅干を食べていけたら、と思う。