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madajimaとの会話

たまたまここを訪れてくれた方を一笑い吹かせるために、赤の他人との「どうでもいい会話」や自分の「どうでもいい思考」を載せています。

2月がツラすぎて題名を考えるのもきつい

2月が苦手だ。苦手すぎる。

寒くなり始めたときは、寒さがちょっと心地いいくらいでマシなのだが、2か月も続くと、外に出るのが嫌になり、運動不足になり、食欲がなくなり、笑いが減り、心身共にネガティブになる。毎年恒例の、負の連鎖だ。

僕の地元である新潟の魚沼市は、2月の間1か月ほぼ丸々青空を見ることはない。雪が降っているか、寒い曇り空のどちらかだ。

山は綺麗だし、スキーも楽しいかもしれないが、毎日は、きつい。

よって、元気がなくなるのだ。2月に元気がなくなる、というDNAが、18年間過ごした新潟で刷り込まれたのかもしれない。東京に来てもそれは変わらない。

去年はまだよかった。東京マラソンに出たからだ。

友だちと一緒に当選したという幸運にも助けられ、マラソンの練習という外にでるための大義名分がたっぷりとあり、スタミナをつけるために白いご飯もたくさん食べた。

実際のレースでも、僕は感動的な走りをして、完走した。ゴールし、メダルをもらい、バナナをもらい、サロンパスをもらい、記念タオルももらい、徐々に嬉しくなっていったあの高揚感は、忘れることはないだろう。

ついでに言うと、先にゴールしていた友だちとハグをし、その後の予定についてちょっとした喧嘩をし、記念写真も撮らずに友だちが先に帰って行ったのを見送った、あのときの微妙な空気も、忘れないだろう。

だが、今年はない。東京マラソンはあるが、参加はしない。よって、外に出て身体の血流を良くする行動は、なかなか選ぶ機会がなかった。

けれども、頭の血流を良くする方法を見つけた。この苦しい2月を乗り越える秘策とも言えるものを、僕は見つけた。

音楽だ。

音楽って素晴らしい、そのことに僕はやっと気付いたのだ、この2016年の2月に。

きっかけは、昨日の午後に見ていた、YouTubeの動画だった。ColdplayChris Martinが、イギリス人コメディアンとドライブしながら思いっきり歌っている動画だ。(ここで言及した動画のURLは下にまとめてあります)

まあ、すごかった。僕はコールドプレイの熱烈なファン、というわけではないが、好きな曲は何個かあって、それを二人が楽しそうに車の中で歌っているのを見ていると、僕は時が止まった錯覚に陥り、脳が喜んでいるのがよくわかった。

その動画の中で、Bruno MarsSuper Bowlハーフタイムショーのことが触れられ、それを検索して見てみると、またしても時間が止まった。そのパフォーマンスに圧倒されてしまった。脳の中で血の一滴一滴が騒いでいるのがわかった。やべーよこれ! やべーよ! と血が言っているのがわかった。

そういうのを見終わった後、必然的に、甘いものが食べたくなった。騒ぐのにはエネルギーがいる、それは脳の中の血液も変わらない。

ただ、家の中に甘いものが無かったので、コンビニで買いに外に出た。

外に出たのだ。

外に出て、歩いたのだ。

欲しかった欲しかった、外に出る機会である。この寒い2月に。

音楽の力はすごいな、と思った。

 

そんな音楽の助けももらいながら、苦しい2月は、いずれは終わる。その終わりを想像するのが重要だと、僕は思う。

終わった後を想像すれば、それなりに元気が生まれる。今抱えている問題やツラい時間をより前向きに捉えることができる。

でも、もし、この2月がずーっと続くとしたら?

一年中、ずーっと2月だとしたら?

たぶん僕は、暖かいところに行くだろう。常に暖かい赤道のあたり、とか。それでも無理だったら、住む星を変えるだろう。音楽が存在する、どこかの惑星へ。

一体こいつは何を言っているんだ? と思ったかもしれないが、ここで僕が主張したいのは、「終わりが見えなかったら、何かを変える」ということだ。

もし「ゴールをどこにするかまだ決めてないですが、とりあえずスタートしてください」というマラソンレースがあったら、誰も参加したくないだろう。

再生時間がわからない動画を見始めたとして、10分経ってもおもしろいことが起きなかったら、期待するのをやめて動画を停止するだろう。

僕の言っていることがまだわからない?

僕は今の仕事を辞めたいのだ。

そう、このブログを定期的に読んでくれている人がいたらわかるだろうが、僕が今の会社に入ってまだ3か月しか経っていない。たった3か月でやめたいなんて思うなんて、このゆとりめ! という主張も理解できる。3か月で辞める奴を、次に採用したい会社なんてそうそう出てこないぜ、だから最近の若者はまったく! という意見もよくわかる。

だが、今の職で、僕はゴールが全然見えないのだ。終わりが、想像すらできないのだ。

今のところに入社してから、全力で責任感を持って働き、なるべく早く仕事を覚えようと努力し、友だちもそれなりにできたし、かわいいと思った子に話しかけて仲良くもなった。その成果もあり、上司から、正式に契約社員から正社員へのコンバートを打診された。

だが、断った。

終わりが見えない、というのは僕にとってそれほど大きなことなのだ。

今のポジションで全力を出し続けたとして、昇格という道が開けるわけでもない。

怠けようが頑張ろうが、自分の給与や会社の売り上げにつながるわけでもない。

今の仕事をやる上で、自分の興味がある知識やスキルが身に着くわけでもない。

いくら前職より給料が良いと言ったって、いくら安定しているからと言ったって、いくらかわいい子がたくさんオフィスにいるからと言ったって、自分の心が曇り空で、ずっと2月のようだったら、僕は現状を変えたい、そう思うのだ。

じゃあ何でそもそも今の会社に入ることを選んだのか、そう聞きたいんですよね?

それは、この職を紹介してくれた美人コンサルタントのことが好きだったからです。

ええそうですね、自分のせいですね。間違いないです。ご存知の通り、僕は美人に弱いんです。

だが、僕は気付いたのだ。美人とかよりも、僕はもっともっと知識を身に着け、人生の中でもっともっと人を手助けし、そこから生きている満足感を得たいのだ、と。

英語を本気で勉強し始めたのは、海外サッカーのおもしろさを日本のファンに伝え、サッカーの見方を変えて、それがゆくゆくは、日本代表だったりJリーグの魅力向上につながれば、と思ってのことだった。翻訳も勉強し始め、実際にブログで翻訳の記事を載せるようになり、そこで感謝されたときの嬉しさは、何物にも変えられない。

一方、今の仕事で、僕はほぼ日本語しか使っていない。また、自分が仕事をうまくできなかったときは怒られるが、うまくできたとしても感謝されることはない。

「仕事とはそういうものだ」という意見があるのはわかっているが、賛同はできない。スティーブ・ジョブズが言ったように、仕事は人生で多くの時間を占めるわけだから、そこで喜びを得られなかったら、また、喜びを得ようとすらしなかったら、僕の人生はずっと2月なのだ。それだったら、パプアニューギニアか火星に行った方がまだマシだ。

 

そんなことを考えていたとき、タイミング良くメールを受け取った。以前登録した、違う人材紹介会社のカテリーナという人からだった。会ったことはない。

「来週の月曜日からプロジェクトが始まり、クライアントはすぐにでも人が欲しいので、興味があるかどうかすぐに教えてください」

綺麗な英語で書かれていて、まあ綺麗すぎてコピペにしか思えなかったが、でも、職務内容を見るとものすごく魅力的で、自分が今まで勉強してきたことを活かせるし、また、新しく知識を身に着けることができるし、何より英語ができる人を欲しがっているから、純粋に良いな、と思った。

よく見ると、英語以外に必要な経験だったり知識だったりは、僕はほとんど持っていなかったのだが、それでも、チャレンジしたいな、と思った。僕が採用される確率は低いだろうし、仮に入ったとしても、知識経験不足でかなり苦労するだろうが、それでも、トンネルの向こうに光が見えるのが想像できた。ここで死ぬほど頑張れば、めちゃくちゃ良い景色が見えるだろう、めちゃくちゃかっこいい傷だらけの自分に会えるだろう、と。

最新の履歴書を添付して返信すると、次の日に電話がかかってきた。

今までこういう経験はあるか、とか、どういうことを勉強してきたか、とか細かいことを聞いてきたが、逆に言えば、それしか聞いてこなかった。

「今日の仕事はどんな感じ?」「週末は楽しく過ごせた?」「明日の休日は何をするの?」そんなことをかわいらしい声で聞いてきて、僕のウケ狙いの返答をめちゃくちゃ笑ってくれる先ほどの美人コンサルタントとは、大違いだった。今回のカテリーナは、感情のあまりこもっていない低い声で淡々と質問をしてきて、僕の仕事以外のことには一切興味を示していないようだった。何かおもしろいことを言おうとしたなら、「あんた、殺すよ?」とでも言いかねない勢いだった。

それが、今の僕にとっては嬉しかった。

別に美人コンサルタントに騙されたとは言わないし、思ってもいないが、またコンサルタントと下手に仲良くなって、仕事のゴールについてよく考えず想像せずに職を決めてしまうのは、絶対に避けたいと思っていたからだ。

もし会ってみたらカテリーナがめっちゃ美人だったら? それはそれでしょうがない。美人に罪は無いので。

 

僕が生まれてから、試練を与え続けてきた2月。その2月は、28日で終わるべきなのだ。いや、28日で終わらせなくてはいけない。2月を、28日以上続けさせてはならないのだ。

マラソンは42.195キロ、サッカーは90分、音楽一曲は長くて5分くらい、物事は終わりがあるからこそ美しい。

僕の中の2月を終わらせよう、2月中に。辞めるなら転職先を決めてから辞めたいので、他人の助けをもらいながら、音楽の助けを借りながら、この寒い冬を終わらせよう。2月がちょうど半分過ぎた今日、そう誓った。

 
そして、今年がうるう年であることに気付き、ショックを受けた。