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madajimaとの会話

たまたまここを訪れてくれた方を一笑い吹かせるために、赤の他人との「どうでもいい会話」や自分の「どうでもいい思考」を載せています。

感覚はウソをつかない、判断がウソをつく

僕が初めてこの言葉を見たのは、漫画「よつばと!」の日めくりカレンダーだった。
これを見たとき、「そうだよな、ぱっと思いついたことをそのまま実行したら、大体うまくいくよな、逆に考えすぎるとうまくいかないよな」と妙に納得したのを覚えている。
いったい誰がこれを言ったのか、と気になってグーグルで検索したとき、「この名言には賛成できない」とブログで書いている人がいて、妙にがっかりしたのも覚えている。
何年前だろうか。それ以来、この言葉は強く頭に残っている。
また、それ以来、常に感覚を重視して生きるようにしている。
 
さいたま市に住んでいた時、同じ埼玉県の飯能市に住んでいる友だち、「しゃーねーあんたぎー」で有名なよしはる君のところまで自転車で遊びに行き、一晩泊まり、家に帰るところだった。いつもは電車だったが、暖かくなってきた春の始めということもあり、ハッスルしていた僕は、30キロの道のりを自転車で走るのは容易に思えた。
だが、僕はそのころスマートフォンタブレットを持っておらず、頼りだったのは頭に描いていた地図のみだった。そのおかげで行きは案の定道に迷い、よしはる君に電話をして、グーグルマップを見ながらナビをしてもらい、やっとのことで彼らの家にたどり着いていた。
帰り道までよしはる君に助けを借りるのは申し訳ない、大きな国道を従順に通って、迷わずに帰ろう。僕はそう心に決めていた。
ところが、30分ほど走り、所沢市に突入したとき、左手側から、なんとなくざわりとした感覚を覚えた。
「こっちへ来な」
道が、そうささやいている気がした。小さな交差点で、信号が変わるのを待っているときだった。
ささやかれた方の道が、ゆるやかな下り坂だったのもあったかもしれない。僕は、何も考えずにハンドルを左に切って、ペダルを思い切り踏んだ。
10秒ほどたって、何でこっちに曲がったんだろう、と考え出した。よしはる君のナビはもう使えないのに。あ、でも、あの交差点を渡った後、あの国道は左にゆるやかに曲がっていくのだから、こっちから行けばショートカットになるかもしれない、そうか、だからおれは曲がったんだな、ショートカットのために曲がったんだ。そうやって理由を作り出して、少々不安がありながらも引き返すことなく進んでいった。
下り坂が終わり、ゆるやかなカーブを道なりに曲がって、住宅街を抜けたとき、暖かい風が吹いた。それと同時に、見えたものが二つあった。
大きな学校だ。丘の上にある。僕は、映画「となりのトトロ」は所沢がモデルになっている、と母が言っていたのを思い出した。映画の中のサツキが通っていた学校に見えなくもなかった。小高い丘の上の緑に生い茂った木で、校舎の1階部分が見えない。
校門を右目で過ごすと、桜が見えた。丘に傾くように生えていた、満開の桜だ。何本もあって、終わりが見えない。
僕が走っていた道と桜の間に小川があって、晴天、緑の丘、ピンクの桜、透明な小川という組み合わせが、たまらなく美しかった。
「やべー!」と僕は誰もいない道の上で口に出していた。道はゆるやかなカーブになっており、ペダルを踏んでも踏んでも桜の木が出現して、「ここの学校行っている生徒はラッキーだな」と思った。また、「実はオレはさっきの交差点で交通事故に遭って死に、ここは天国に入る入口なんじゃないか」とバカなことも考えたりもした。
それから、天国ではなく無事に家に着いた僕は、そのときの桜の事について考えていた。だが、グーグルマップを開いて、それがどの学校なのか、どの道だったのか、調べようとはしなかった。なんとなく、あのときの時間をファンタジーにしておきたかったのかもしれない。
 
他にも、感覚を信じて行動し、得をしたことは数えきれない。また、判断を優先して後悔したことも、数えきれない。
そんな感覚と判断のエピソードを、僕は何回も繰り返し思い出していた。どこで? ハローワークで。
以前ここで書いたように、職探しでハローワークに行ったのではない。うちの会社に勤める派遣社員雇用保険の手続きのためだ。
今回は朝早く行ったため、人が少なく、すぐに僕の番号札が呼ばれた。受付の担当の人は、以前と同じ人、若くて背の高い青年だった。
前の記事より外見を詳しく説明すると、「おぼっちゃま」だ。髪は短髪、目はまじめで正直そう、肌はきれい、という僕の中のおぼっちゃま外見の条件をすべて満たしている。国家公務員(たぶん)になった彼を、ご両親は鼻高々に思っているのが容易に想像できる。
僕はなぜか、このおぼっちゃまに受付をしてもらうことが多いため、また、態度がものすごく丁寧なため、僕の中のハローワーク好感度ランキングはかなり上なのだが、書類を渡して、見てもらっている間、あるものを見つけて、好感度がさらに上がった。
「@bayern13」の文字だった。
それぞれの受付のデスク上には、キーボード、マウス、モニターが置いてあり、彼のような担当者がデータベースにアクセスできるようになっている。そのモニターの後ろに、白いカードが差さっている電子機器があり、そこにシールが貼ってあって、「@bayern13」と手書きで書かれている。
おぼっちゃま、バイエルン・ミュンヘンのファンじゃないか……。
僕はそれを見た瞬間、おぼっちゃまの顔を見て、「そうか、こう見えてサッカー好きなんだな」とぼんやり考えた。「この人頭痛薬のアスピリンが大好きだから、製薬会社のバイヤー社のファンなのかも」と一瞬考えたが、そうしたら、13の意味が分からない。「バイヤー社の株を13株だけ持ってます」なんて話があるわけない。これはもう、「バイエルン・ミュンヘンの背番号13トマス・ミュラーの大ファン」という証以外の何物でもないな、という確信を得ていた。よく見ると、顔がトマス・ミュラーに似ていなくもない。
そして、ふと思った。おれ、話しかけるべきじゃね?
僕だって一応欧州サッカー、主にプレミアリーグを見るし、このつまらないハローワークでの手続きに、一花咲かせることはできるんじゃね、というふうに考えていた。彼と友だちになれば、ハローワークがハローフレンズになるんじゃね、とまで考えた。
そんな僕の思考を夢にも思わないおぼっちゃまは、いつものまじめな表情で僕に事務的な質問等をしていた。
「では、こちらがお呼びするまで席でお待ちください」と僕に言う。それに従い、てくてくと歩いてさっきまで座っていた椅子に座った。
話しかけたいな、話しかけるべきだな。
「@bayern13」はどう読んだってバイエルン・ミュンヘンファンとしか思えない、そこに疑いはない。「バイエルン・ミュンヘンのファンなんですか?」と聞いたら、ちょっとくらい楽しい話ができるだろう。
だが、少し考えて、ガチガチで超お堅いこのハローワークという環境、状況で、「バイエルン・ミュンヘンファンですか」という文章を発することに、抵抗を覚えた。
バイエルン・ミュンヘン」という単語が、僕とおぼっちゃまの上にふわふわと浮き上がった瞬間、お堅いおばさんやおじさんのギラッとにらまれ、パチンと消されてしまう恐怖を抱いた。
また、その単語を言ったせいで、彼が怖いおばさんに注意されてしまうんじゃないか。僕も「そういう話はここではちょっと」と注意されてしまうんじゃないか。
自分と同年齢の男の子に話しかけるだけなのに、胸がドキドキした。リスクは結構ある。
ちらっと受付の方を見た。怖そうな目をした、イライラしてそうな目をした、おばさんたちが目に入った。
やめておこう。
やはりこれは、不適切だ。厚生労働省管轄のこのハローワーク様様を、ハローフレンズ、ハローサッカーフレンズに変えるなんて、言語道断だ。
そして、「A社ご担当者様、お待たせいたしました」とおぼっちゃまが僕を呼んだ。
少し頭をうつむかせながら、とぼとぼと受付に歩いて向かう。おぼっちゃまが僕に渡す書類の説明をした。
「ではこちらで以上になります。お疲れさまでした」
僕はまだ少しうつむいていた。
そして、思いっきりにやけて、頭を上げた。
「あの、バイエルン・ミュンヘンのファンですか」
同時に、「オレはなんでこれを言っているんだ」と笑ってしまった。やめておく、って決めたばかりなのに。
「はい?」とおぼっちゃまはまじめな表情を崩さずに僕に聞く。僕の声が小さすぎたのだろう。
「あの」と今度は、「@bayern13」のシールが貼ってある電子機器を見ながら言った。「バイエルン・ミュンヘンのファンなのかな、と思って」
「知ってるんですか??」と笑顔で聞かれた。彼の笑顔を見たのは、これが初めてだったかもしれない。
「トマス・ミュラー好きなんですね」と僕が続ける。
「え? サッカー好きなんですか?」さらに驚いた彼は再び聞いた。
「僕はリバプールファンなんで」
「あ、今、クロップ監督の」彼は再び笑った。笑顔を今まで見たことがなかったので、その表情にかなり違和感を覚えた。
「そうですね、そちらの元ライバルの監督の」みたいなことを僕はごにょごにょ言った。恥ずかしいというか、ばつが悪いというか、そんな気がして、さっさと去りたくなった。
はは、とあちらが笑顔をしているうちに、「すいません、では、ありがとうございました」と言ってその場を去った。
少し歩くと、無人のエレベーターがちょうど開いていて、ラッキーと思い、駆け込んだ。エレベーターの前で待つことになっていたら、恥ずかしさが頂点に達していただろう。
ただ、話しかけてよかったな、と思った。いつもの帰りのタクシーの中でだ。
会話を思い出しても、おぼっちゃまはすごく嬉しそうにしていた。僕の立場は言うならばアウェーだったため、話しかけただけで嬉しくてさっさと去りたくなったが、彼はもっと僕とサッカーの話をしたさそうにしていた。
次、僕の受付担当はおぼっちゃまではないかもしれないが、でも、もしおぼっちゃまが担当になったら、「バイエルン調子どうっすか」と話しかけよう。実際、今ブンデスリーガがどうなっているか全然知らないし。
おばさん? それは、注意されてから考えることにしよう。
 
この件で、学んだことはふたつある。
ひとつ、サッカーの友情はいつだって固い。
ふたつ、感覚で動くと、後悔しない。
判断は間違いなく「話しかけるな」と言っていた。だが、感覚が「バイエルン・ミュンヘンのファンですか?」と口を動かしてくれた。そのおかげで、ハローワークでひと花咲かせることができた。
僕が何か2つの選択肢の間で迷うときというのは、たいてい「したいこと」と「すべきこと」で揺れているときだ。
だが、したいことを選んだときというのは、失敗はあるものの、後悔したというのは今まで無いな、と気付いた。自分の感覚に従ってよかったな、と思うことがほとんどだ。
判断は、自己を守るためのブレーキになりがちである。そういうとき、感覚、というペダルを踏むと、きれいな桜の見える天国みたいな場所や、ハローフレンズのような環境に身を置けるのかな、そんな風に思った一日だった。
 
最後に、仮に、ハローワークで働いている方がこれを読んでいたら、「@bayern13」をそちらのデータベースで検索したりして、僕の行くハローワークやおぼっちゃまのことを特定したりしないで、ファンタジーにしておいてくれたら、幸いです。