madajimaとの会話

たまたまここを訪れてくれた方を一笑い吹かせるために、赤の他人との「どうでもいい会話」や自分の「どうでもいい思考」を載せています。

いじめる、いじめられる

ハローワークに行ってきた。
職を失ったわけではなく、うちの会社で働く派遣社員雇用保険取得、喪失申請手続きをしてきたのだ。
ハローワークに入り、整理券を機械から取ったのは14時半頃だった。20人ほど待たなくてはならなかったが、3時15分くらいには僕の番が回ってきて、担当の若い男の人に申請用の書類を渡した。
僕が埋めた書類の番号とかにミスがあったりしたため、いくつか質問を受けた後、「では、席でしばらくお待ちください」と丁寧に案内してくれた。そのあと、その担当の人が次の整理番号の人を呼んだため、窓口の後ろで座っているおばさんたちが提出された書類をコンピュータでデータベースに入れるんだな、と理解した。それが3時半くらいだった。
量がある程度多かったものの、遅くても4時には帰れるかな、と見据えていた。僕が入ったときに見た顔の人たちはもういなくなり、席で待っている人の数も少なくなっている。
が、ここからが長かった。
4時になり、4時半になり、そして5時になり、あんなに多かった待っている人は、2,3人になった。
ある男の人がエレベーターから降り、整理券を機械から取って、1分ほど待って、番号が呼ばれ、窓口で手続きを済ませ、そしてすぐに帰る、ということが起きて、読んでいた本にも集中できなくなり、そわそわし始めた。
そこで、窓口の向こう側にいるおばさんらしき人の声が聞こえた。
「この会社だけどさー、入力できないんだけどー」
苛立ちながら、嘲笑するようなトーンだった。
「あー、全部手入力しなきゃじゃーん」
ここで、このおばさんたちは僕が提出した書類について話しているんだな、と気付いた。
以前、名前が違うとか、番号が違うとか、日付が間違っているとか、そういう理由で書類が郵送で返ってきたため、間違っている個所を二重線で消し、記載欄のボックスの外に訂正された数字等を書いていた。
おそらく、こちらが提出した書類はスキャンされ、コンピュータが勝手に数字を読み取ってくれるといったようなシステムになっているのだろう。ボックスの外に書かれてしまうと、ひとつひとつ手入力しなくてはならないらしい。
そうか、新しく印刷しなきゃだったのか、申し訳ないな、と思っているところ、上司から電話がかかってきた。
「今どこにいる?」
僕がどこか遊び回っているとでも思っているのだろうか、と思って、少しむっとする。
ハローワークです」と皮肉っぽく言うと、「時間かかってるね」と皮肉っぽく返された。
「なんか、手入力しなくちゃならないみたいで、時間がかかっているらしいです」僕は、僕がまだハローワークに居ることを信じてもらえるよう、悲しそうに言ってみた。
「じゃあ終わったらまた連絡して」
電話が終わって数秒後、僕はものすごい後悔に襲われた。
やべ、今の会話聞こえていたかな。
窓口に近い側の席に座っているし、僕は地の声が大きいから、聞こえたかもしれない。それもちょっとわざとっぽく悲しそうに「手入力しなくちゃいけないみたいで」って言ったのが、今作業をしているおばさんたちへの嫌味とならないだろうか。
僕の勘は当たったようだった。それからはもう地獄のようだった。
「ちょっとー、このA社だけどさー」
「ちょっとー、またこのA社の人、番号無いよー」
「うわ、入力できたし。さっきできなかったのになー」
おばさんの逆襲である。いや、逆襲と言っても僕はそもそもこちらから攻撃をした記憶はないのだが、今度は数人のおばさんが僕の会社の名前をこちらに聞こえるよう堂々と発し、嫌味を込めて不満をぶちまけていた。
周りを見ると、待っている人は僕一人となっていた。椅子に座り、少し下をうつむいて、その攻撃をひたすら受けるしかなかった。時計は5時半を指している。もう3時間もここで座っていることになった。
ハローワークの受付が閉まった頃、ようやく終わったようで、僕の担当してくれた若い男の人が近づいてきて、書類をひとつひとつ説明して、また、訂正の必要のある書類に関しても丁寧に教えてくれた。
特に怒った様子はなく、あちらも申し訳なさそうにしてくれたのが救いだった。おばさんってやだね、女ってああいう遠隔攻撃好きだよね、と、男同士、若者同士心と心で会話していた。と思う。
 
あーもういやだなー、ここにもう来たくないなーとか考えていた帰りのタクシーの中で、僕は中学校時代に起きていたいじめのことを思い出していた。
中学一年の頃だった。僕の隣のクラスの中に、仲の良い3人組の女子がいて、常に一緒にいた。
すると、面白半分なのか、それとも本当にそう思っていたのか、3人はみんなから人望のあったK君を「きもい」とか「うざい」と言い出した。
K君は「特に何もした覚えはない」と証言している。K君のクラスメイトも何も「意味がわからなかった」ようだ。だが、原因不明の自然発火のように、外国人であるだけで殺された攘夷運動のように、きっかけがよくわからないままK君いじめは始まった。
毎朝、K君の靴の中には画鋲が入っていた。教室に入ると、K君の机が見当たらなかった。気が弱い先生の数学の授業中には、悪口が書かれたメモがK君に回ってきた。さらに、3人組は、K君と同じ野球部の親友であるJ君に、「あいつきもいよね」とにらみながらK君に聞こえるように質問し、「え、あ、うん、きもい」と答えさせられたのだった。
救いだったのは、男子は皆K君の味方だったことだ。「え、あ、うん、きもい」と答えさせられた者は、男子トイレで深々と頭を下げK君に謝罪をしていた。ただ、誰一人として、女子三人組に立ち向かうことはなかった。絶対おれは標的になりたくない。K君がいじめられているのを見るのはきついが、自分がいじめられるのはもっときつい。情けなく聞こえるようだが、あの女子三人組が醸し出す怖さは、当時の中学一年生離れをしていた。
ただ、その時は来てしまった。標的のチェンジである。今度は先のJ君だった。イケメンで、野球もうまいが、親友であるK君と仲良くしすぎたのが三人組の癪に障ったのかもしれない。K君が受けたいじめと似たような事が始まった。
それから、3人組の標的は頻繁にチェンジされるようになった。J君の次はO君、次はS君といった具合に、男子の中でいじめを受けていない者を数える方が少なくなったが、同時に、いじめの度合いや長さも弱まってきていた。3人組にとって、いじめは単なる暇つぶしとなったのかもしれない。
そんなこんなで、3学期を迎えた。雪がもさもさと降る中、男子は春のクラス替えという希望を胸に、毎日団結して、苦しいながらも笑って過ごしていた。
すると、異変が起きた。3人組の分裂である。何があったのかは誰も知らない。ただ、いつも3人組だったのが、2人組になってしまい、そこから離れた1人が、いじめの対象となったのだ。それも、猛烈な。
K君の室内靴に入っていた画鋲は、雪になった。K君のときは机だけ隠されていたが、椅子も隠されるようになった。数学の授業中、K君に回ってきたメモは手渡しだったが、紙飛行機になって直接飛ばされるようになった。
男同士でうまく乗り越えられていたいじめは、女の子一人で生き抜けられるはずもなく、その子は学校に来なくなってしまった。
そこで終わればまだよかったのだが、今度は残った2人組が喧嘩というか、いじめ合戦をするようになった。「どちらが本当のいじめっ子か決める戦い」と後から名付けられたこの合戦は、片方がこれまた不登校になり、決着がついた。
チャンピオンの誕生である。
戦い終了後、僕らは2年生になり、3年生になり、卒業することになったが、その間、特に新たな標的が生まれることもなかった。チャンピオンの彼女は、3人組でうまくいかなかった経験からか、手下を10人ほど抱えるようになって、クラスどころではなく学年中にその影響力を持つようになった。男子は、彼女とその手下を怖がって、シャツだしをしたりだとか、第一ボタンを開けたりするようなことを一切しなかった。誰かがいじめの対象になるのを避けようと、「おい、お前第一ボタン開いてるぞ、やべえから閉めとけ」「やっべ、あぶね。サンキュな」といった具合に、互いに互いを支えあっていた。共通の敵から一緒に身を守っていたおかげで、男子は今でも強い団結力を持った、仲の良い友だち同士である。
 
そして、僕は何を血迷ったか、そのチャンピオンと同じ高校に行くことになった。ただ、おかげでいいものを見ることができた。
高校3年の6月だ。高校最後の体育祭ということで、楽しい思い出を作るためにそれぞれがそれぞれの度合いの気合を入れていた。
これも何を血迷ったか、僕はチャンピオンと同じクラスで、しかも文系だったため女子が26人、男子が13人という体育祭にはなかなか不利なクラスにいた。
とはいえ、メインである応援合戦に男女の不利はない。そういうわけで、応援リーダーに誰がなって、どういう風に盛り上げていくかがカギとなっていた。
まず、僕を含めた数少ない運動部の男子が6人自動的に、満場一致で応援リーダーとなった。問題は女子である。静か目の男子の代わりに私が、と言わんばかりに、やる気のある女子が定員よりも多く応援リーダーに立候補した。
もちろん、チャンピオンも立候補した。「応援団長になって全員をとりまとめるのはめんどくさいけど、責任が少なめで、かつ自分の意見ができるだけ押し通せる役割を担いたい」という相変わらずの魂胆は明らかだった。
だが、物事は中学校の頃ほどうまくいかない。彼女と仲の良い女友達以外、「チャンピオンが応援リーダーになったら、絶対いろいろガミガミ言われて大変そう」といった平和主義的な、文系的な考えを持っていたのか、チャンピオンになかなか票が集まらなかった。紙による無記名投票の結果、チャンピオンと、背の低くて目の大きな、静か目の女の子が同票で6位となり、残り一つの椅子を賭けて決選投票が行われることとなったのだ。
チャンピオンの恐怖的リーダーシップが応援団には必要だろうな、僕は思っていたが、その背の低い、目の大きな女の子と仲が良かったため、また、その子をかわいいと思っていたため、そちらに票を入れることにした。
そして、運命の決選投票の日である。今回は顔を伏せての挙手投票だった。チャンピオンと一番仲の良い女子が票を数える役だったため、もしかして自分がチャンピオンに手を挙げなかったらチクられるんではないか、とも思ったけど、それよりも、目の大きなかわいい子と一緒に応援練習したいな、という気持ちが強く、できるだけそっと、控え目に手を挙げた。
結果、チャンピオンは負けた。
昼休みの始めの方に投票が行われたため、クラスの人はざわざわとしながら売店に行ったりし始めた。ある者は笑顔で、ある者はショックを受けていた。
この変な空気を少し嫌った僕はトイレに行き、教室に戻ろうとした。すると、チャンピオンが、廊下で友だちに肩を支えられながら泣いていたのが見えた。
それから、他の男子の応援リーダーが僕に近づいてきて、こっそりと「おいおいやべーよ」とにやにやしながら声をかけてきた。「今、あの目の大きなかわいい子が、『あたし、勝ったから』ってドヤ顔でチャンピオンに言ってたぞ」と教えてくれた。僕は「えっ」と驚愕する。その反応を、彼は笑っていた。「実はああ見えて腹黒、っていう噂は本当だったな」とにやけが止まらない様子だった。
新たなチャンピオンの誕生だった。
5年間チャンピオンの椅子を防衛してきたボクシング王者が、重量級の低い相手に敗れる、というくらいのショックが僕にはあった。
「ちなみに、一票差だったらしいよ」とこれまたその彼はこっそりと教えてくれた。票を数えていた女子に聞いてきたらしい。
あのかわいらしい小さな女の子がそんな腹黒な子だと知っていたら、僕はチャンピオンに投票していたかもしれない。もしそうしていたら、結果は違っていたのだ。
女というのは、恐ろしいな。
そんな風にびびっている僕をよそに、「大丈夫かな、応援練習とか来なくなるんじゃね」と彼はからかうように心配した。だが予想に反し、精神的にタフな彼女は真面目に練習に参加し、だらけることなく彼女の立場の範囲で、特に文句も言わず必死に頑張っていた。
 
高校卒業後、K君や他のチャンピオンの被害者とたまたま小さな同窓会のようなことをしていた。そして、その応援リーダーの投票の話、小さいかわいい子がまさかの大打撃を与えた話を披露した。
「正義ってあるんだな」とK君は言った。「なんかこう、ひどいことをやった奴って、結局ひどい目に遭うんだな」としみじみと言った。ざまあみろ、とか、すかっとしたわ、とかそういうことを言わない辺りが、K君の人の良さを物語っている。
また、現在学校の先生として毎日奮闘しているK君を、僕だけでなく皆が誇りに思っている。
 
そんな一連の昔話を、僕は一通りタクシーで考えていた。
煩雑な雇用保険の仕事はもともと大嫌いだったが、このハローワークの陰口の一件でより嫌いになった。手続きに粗相があった僕に非はあるものの、この手続きは、元々僕の前任者がとっくの昔に済ませていなければいけない仕事で、その前任者が後回しにしていた分を、最近引き継いだ僕がしている羽目になっているため、やりきれない思いがなかなか取り除けなかった。
 
だが、やはり僕がすべきなのは、苛立つのではなく、仕返しとかするのでもなく、丁寧にしっかりと自分の仕事をすることでは、と思った。
いじめられたK君だって、チャンピオンに仕返しするでもなく、チャンピオンの不幸を喜ぶでもなく、自分の道をただ進み、学校の先生として自分の経験を生かしている。
チャンピオンだって、プライドがかなり傷ついただろうが、応援練習でしっかり踊っている姿は印象的だった。
ならば、僕だって、僕に聞こえるように陰口をたたくおばさんのことを気に留めず、前任者の怠惰に苛立つのでもなく、真面目に生きるしかないのだろう。
そうすれば、いずれ正義が僕に微笑んでくれるはずだ。そうですよね、そうですよね、とタクシーの運転手に同意を求めたくなった。
 
ちなみに、チャンピオンは現在、名古屋のキャバクラ嬢の四天王の一人だという。正義はどうやら、天職を見つけるのが得意のようだ。