madajimaとの会話

たまたまここを訪れてくれた方を一笑い吹かせるために、赤の他人との「どうでもいい会話」や自分の「どうでもいい思考」を載せています。

ジャムとパン

最近、パンにはまりつつある。

きっかけは、母が仕送りの米と送ってきた、アヲハタのマンゴーのジャムだった。

母はアヲハタが大好きだ。アヲハタがいかに素晴らしいかを、母はよく語ってきた。アヲハタとは、母の認識が正しければ、砂糖とかそういうのを一切入れない本物の味を追求する企業、というかブランドで、そこが作ったジャムは、果物の素材のおいしさをひたすら求めた物なので、つまり、おいしい。僕が子供のころ、休日はパンの確率が高かったので、母がジャムをぬりぬりして僕の皿に乗せ、僕はそれをはむはむしていた記憶がある。

だけど、僕はパンを食べなくなった。米は仕送りでもらえるので、もちろん母が払っているのでそれには感謝しているが、無料である一方、パンはスーパーなりどこかなりで買わなくてはならない。一人暮らしになってからそうやってずーっと米ばかりを食べてきたら、パンを久々に食べる気もなくなったのだ。めんどくさいし、金かかるし。

問題は、母はそれを知っているにも限らず、パンにつけることを目的としたジャムを送ってきたのだ。いや、母は単に忘れていたのかもしれない。

僕はそれに対し、何もコメントしなかった。いつも通り「米、ありがとう!」とメールしたくらいだ。送ってもらった物に対して文句を言うのもどうかと思ったのもあるが、あっても困らないし、まぁ、いつか食べるだろう、くらいの感覚でいた。そのときは深く考えず、どこか適当な棚にジャムを入れておいた。

そのジャムを食べないまま、1か月ほどが経ち、米が無くなったので、再び母に米の仕送りを頼んだ。ちなみに、その間、棚に入ったジャムには全く手を触れなかった。だって、パンを食べないから。習慣はなかなか変わらないのだ。

連絡してから少しして、米が届いた。頑丈にガムテープが巻いてある段ボールを開けた。すると、驚いた。今度は米と一緒に、ジャムが2つついてきたのだ。いちご味と白桃味だ。僕の手元には3つジャムがあることになる。未開封で。パンを食べないのに。習慣はなかなか変わらないのに。この時は、さすがに焦って、やわらかに、ふんわりと、「お米ありがとう。ちなみにジャムだけど、次はもう大丈夫かな」とメールを送った。

豚に真珠、と同じ意味で、僕にジャム、と言ってもいいだろう。棚にすでに置いてあるマンゴー味の隣に置いてみて、さて、どうしたものか、と手を組んでしまった。

少し考えて、これはもう、パンを買うしかないんだな、と諦めることにした。アヲハタのジャムは、安くはないはずだ。そうならば、持ち腐れにするではなく、おいしく頂くのが筋なのではないか、と思ったのだ。

ということで、パンを買おう、ということになった。

さて、どこでパンを買おう。

パン屋さんかな。

パンを食べることはないとはいえ、パン屋さんの香りは大好きだった。いや、あんなのみんな好きだろう。あの香りは反則だ。スーパーにはあの香りがないので、つまらない。よって、パンをそこで買わない。やはり、人を惹きつけるのは、ちょっとした反則なのだ。

すぐに今住んでいる近くでパン屋さんをネットで検索し、天然酵母で作っているという、何やらよさげなのを徒歩圏内に見つけたので、そこに行こう、と決めた。

地図を頭に入れて、着替えを始めた。

最初はジャージを着たけど、「いや、もしかしたら美人な店員さんがいるかもしれないから、ちゃんとした格好をしよう」と思って、ジーンズを履いて、ジャケットを羽織った。

そして、雨が降る中15分くらい、少し迷いながら歩いて、店に着いた。

店がかなり狭い住宅街にあって、しかも、看板も何も道路にないので、一回店を通り過ぎていたことに気付いた。ただ、着いたことには着いた。寒いし、さっさとパンを買って、家に帰って、ジャムを食べよう。ジャムを食べるためになんだかやたら遠回りをしている気もしたが、実際パン屋にたどり着くまでに文字通り遠回りをしたのだが、気にしない。とにかく、パンを買おう。予算は、いつもの昼飯の予算、500円かな。

お客さんが少しいるなぁ、と窓越しに見ながら傘を畳み、少し安っぽいスライド式ドアを開けて中に入った。そして最初に目に入ったのは、ショーケースに入ったおいしそうなパン、ではなく、ものすごく美しい女の人だった。

えっ、うそでしょ、と思ってしまった。「もしかしたら美人な店員さんが……」なんて予感、そうそう当たるものではない。ただ、そこにいたのは、まごうことなき美人さんだった。黒髪、ポニーテール、綺麗な艶のある顔、丸く見開いた目、優しく微笑む笑顔、絵に描いたようなパン屋さん系の美人だった。この格好にしてよかった、と安心した。

ただ、ずっと店員さんを見つめるわけにもいかないので、パンを見つめた。そして思った。ふーむ、なるほど、高い。そして、普通の食パンが無い。ひとくせもふたくせもあるパンばかりで、しかも白い粉がやたらと上にまぶしてあって、僕のパン常識を遥かに覆すものばかりだった。

美人な店員さんは「何かあったら聞いてくださいね」という姿勢と態度と表情をしていた。ああ、なんて優しそうなのだ。うっすらと微笑んでいるのもわかる。そうか、僕みたいな若い男の人が来るのが珍しいのかな、それで微笑んでいるのかな、と考えてみる。

ひとつ、直径15センチほどのカンパーニュという大きなパンがあって、450円と札があったから、これにしようかな、と思い立つも、「half」と書いてあったので、「すいません、これ半分で450円ですか」と、その美人な店員さんに聞いた。おお、自然に会話をできるぞ! と少し喜ぶ。「はい、そうですね」とこれまた笑顔で答えてくれた。僕は正直、「ちっ、半分で450円か」と少し悔しかった。

全部ならまだしも、それを半分だけ買うのもどうかと思い、もう一つ白い粉が一番たくさんまぶしてあるコッペパン型の小さなやつを、1個180円で買うことにした。合計630円と予算オーバーだが、美人店員さんのクオリティも僕の何かをオーバーしていたので、まあしょうがないな、と許すことにした。

じゃあその半分とこれで、と言うと、店員さんは、はいっ、と返事をして、そのパンを取って、半分に切って、袋に入れて、という作業を丁寧にゆったりとし始めた。

僕もゆったりと財布からお金を出したが、お金を置く皿がないな、とショーケースの上を探した。でも、あのよく見る皿がない。代わりにあったのは、横幅20センチほどの、お弁当のサンドイッチとかが入りそうな少し横長のバスケットだった。もしかして、これがお金入れ? それにしては深くない? でかくない?

聞くしかないな、と思った。美人だから聞くのではなく、お金入れのバスケットが不可解だから聞くのだ、と自分に言い聞かせるように考えた僕は、袋入れ作業が終わって「630円です」と笑顔で彼女に、「あの、これがお金入れですか?」と聞いた。「はい、そうですね」と笑うと、「ですよね」と僕も笑って、630円ちょうどをそのお金入れバスケットに入れた。

ただ、ここで少し後悔した。そのバスケットのことを聞かなければ、お金を手渡しして、若干手が触れるなんてこともあったのかもしれない。不可解なバスケットは不可解なままにしておけばよかったな、と思いつつ、お店を出た。「またお待ちしております」と元気よく声がした。

そして、家に帰ってパンを食べてみると、これがまたおいしい。450円のカンパーニュは中にチーズが入っていて、トースターで少し焼いた後だからほんのりとろけて舌もとろけそうだった。180円のパンも、生地がカリッカリで、そして、噛めば噛むほど味が出てきた。

そう、ジャムもいらないほどに、おいしかったのだ。

もはや、食べてる時にジャムのことなど考えなかった。頭にあったのは、ああ、パンおいしいな、ああ、あの店員さん美人だったな、結婚しているのかな、僕より5つくらいは年上だろうけど、いや、もっと上かもしれないけど、良いなあ、すごい、パン屋さん系の美人だったなあ、きっと、子供のころからパン屋さんになりたかったんだろうなあ、このパンも、丹精込めて丁寧に作ったんだろうなあ、と、そんな感じのことだった。

最近、パンにはまっている。また今度、パン屋さんに行こうかな。いや、ほら、だって、パンおいしいし。