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madajimaとの会話

たまたまここを訪れてくれた方を一笑い吹かせるために、赤の他人との「どうでもいい会話」や自分の「どうでもいい思考」を載せています。

ニトリのオープン記念品

先日、オフィスの近くでニトリが開店することを知ったため、会社の昼休みに行ってきた。

敷布団カバーを買いたかったのもあるが、「開店の日に行ったら、オープン記念品がもらえるんじゃないかな」という狙いもあった。

だが、店はなかなか混んでいて、店の入り口でオープン記念の物を手渡しているような店員さんは見当たらない。

まあそんなものか、と思いつつ、僕は敷布団カバーを見つけて、レジに持っていこうとした。

すると、「あのー、すいません」と声をかけられた。

振り返ると、髪がぼさついた、メガネの男性が立っている。

「開店に伴い、今アンケートをしていまして、よかったら5分ほどお時間いただけますでしょうか」と丁寧に説明をする。

僕は「あ、ちょっと待ってください」と言って、昼休みの時間が残っているかをチェックした。5分はギリギリである。

「あの、お答え頂けたらこちらを差し上げますので」

メガネのニトリの社員さんは、手提げ袋から立派なペアコップを見せた。

「オープン記念」と書いてある。

僕はニヤけが止まらなかった。

ここまで狙い通りのことが起きるなど、人生でなかなかない。

しかも、僕が期待していた以上の記念品である。

僕はニヤけたまま「いいっすよ」とうなずいた。

社員さんは「本当ですか!」と喜んだ。ノルマとかあるのかもしれない。

始めの方のアンケートの内容は簡単だった。開店はどこで知ったか、スマホでよく使うアプリは何か、みたいな内容だった。

だが、アンケート用紙の裏面になると、「家具はどの店で買いますか」と書いてある。

その店の選択肢が、この近辺の家具チェーン店ばかりだったのだ。

僕は、この近辺に住んでおらず、通勤で来ているだけである。

やむなく「その他ですね」と言う。

ただ、ニトリの立場からすると、ここら辺に住んでいる人の「その他」と、ここからだいぶ離れたところに住む僕の「その他」では、だいぶ意味が違うはずだ。

その質問で欲しかったデータは、あくまでこの近辺の人たちの家具の買い物場所の傾向であるはずなのに、遠く離れたところに住んでいる僕が入り込んでしまったら、よろしくない。

カジュアルな服装だった僕を、この近辺に住む大学生とかに間違えたのかもしれないが、残念ながら僕は、ニトリが狙っていたアンケートの対象の人ではなかった。

ニトリの社員が僕のところに来た狙いは、大外れだったのである。

僕がニトリに来た狙いは、大当たりだったのに。

ニトリが損して、僕だけがやたら得してしまっていることを考え始めたら、アンケートの後半は、僕のニヤけが止まらなくなった。

それを見て、だんだん店員さんもニヤけ始めた。「え? なんでそんなに笑いながら答えてるの?」と聞きたそうでもあったが、単純に可笑しく思ってくれているようだった。

そして、アンケートも終わった。

「お時間ありがとうございました。では、このコップ、お使いください」

社員さんはまだニヤけている。

僕のニヤけが伝染し、この人もニヤケを止められなくなっているようだ。

なんだか申し訳なく、恥ずかしくなった僕は礼を言い、スタスタとレジで会計を済ませ、店を後にした。

 

オフィスに戻り、僕のデスクへ向かう途中、上司にギロりとにらまれた気がした。

それは昼休みをオーバーしたからなのか、それともまだニヤニヤしていたからなのかは、よくわからない。

ドーハの悲劇とmadajimaの悲劇

サッカー

ドーハの悲劇を知っているだろうか。
1994年のサッカーW杯予選、日本代表初の本選出場まで、あと数分、いや、あと数秒だった。
中立地のカタール、ドーハで行われていたイラク代表との試合、日本代表が2-1とリードしていた終了間際に同点ゴールを決められ、夢は絶望に変わった。
今ほどサッカー人気が無かったため、代表の選手たちは、日本サッカーの普及のため、という使命も背負っていた。
だから、辛さもひとしおだっただろう。写真を見ると、選手たちは皆泣いている。

その同点ゴールだが、相手のコーナーキックから生まれた。
それも、コーナーフラッグから直接ゴール前に蹴ったのではなく、短いパスを後ろに出してから、というショートコーナーからだった。
このショートコーナーは、クロスボールに角度がついてディフェンダーが守りづらくなるという特長の反面、その短いパスの間に相手に寄せられると、ゴール前にボールを供給できなくなるかもしれない、というリスクがある。
そのリスクを、試合終了間際に負うことはないだろう、と日本代表が考えていた裏をかいたイラク代表が、見事にヘディングシュートを決めた。
それが、ドーハの悲劇だ。

では、madajimaの悲劇を知っているだろうか。
高校三年生の夏、M高校サッカー部は、県大会一回戦を戦っていた。
スコアは1-2と負けていて、試合時間はもう残されていない。このまま試合が終われば、スタメンの9割を占めていた三年生は部活から引退することになる。
だが、ここでM高校にコーナーキックのチャンスが来た。蹴るのは、キックの精度が高いK君である。
K君は、コーナーフラッグへ行く前に、フォワードである僕のところに耳打ちに来た。
ショートコーナーにする?」
僕たちは、事前にショートコーナーを練習してきていた。監督からも、「勝負所でショートコーナーを使うと、相手の裏をかける」と言っていた。
だが僕は、一瞬考えた後、「いや、やめよう」と首を振った。
リスクが怖かったのである。クロスボールを上げられずに高校の部活が終わるのが、嫌だった。
K君は同意してうなずき、コーナーフラッグへ行って、右足でボールを蹴った。
山なりに上がったボールは、僕の頭を越え、相手ディフェンダーにはじき返され、試合終了の笛が鳴った。
僕たちは皆、泣き崩れた。

10年ほどたつこのシーンを、僕は鮮明に覚えていて、事あるごとに思い出している。
あのとき、練習を信じてK君にうなずいていたら。リスクを怖れていなかったら。
やらずに後悔せず、やって後悔していたら。

だが、日本代表がドーハの悲劇以降W杯本選出場を逃しておらず、日本のサッカー界がものすごく発展したように、僕もこの悲劇によって強くなった気がする。
大学中退だとか、皆と仲良くなった会社をステップアップのために辞めるとか、リスクがある行動を選ぶことが多くなった。
そして、そのなに一つにも後悔をしていない。
だからこそ、僕はこのmadajimaの悲劇を忘れるべきではないのだろう。事あるごとに思い出していて、オッケーなのだろう。
練習の成果を試合で信じられるくらい、ひとつひとつの練習を本気でやるべきだ。
リスクだけを見るのではなく、リターンが何であるのか、しっかりと計算をすべきだ。
悲劇はそこから何かを学び取れば経験となり、乗り越えられなければ悲劇のままとなるのだから。


お気づきかもしれないが、次はmadajimaの歓喜の紹介である。